セミユニットケアについて
食事が終わり、居室へ戻るエレベーターを待つ列の中程から、Oさんの「早くお願いしまーす。」という声が聞こえてきました。最前列ではEさんが1分おきに「おーい、まだかやー?」と繰り返しています。
エレベーターの扉前では割り込もうとするYさんとそれを止めようとするIさんの口喧嘩が始まりました。その騒ぎに触発され他の入居者も皆いっせいにザワザワと騒ぎはじめました。その間、階段からは冷たい風が容赦なく、吹き上げて入居者の体を冷やします。精神的にも身体的にも一番おとしよりが苦痛を感じる瞬間でした。
開設以来、夕方6時30分ごろ、こもれびの郷の3階の廊下では開園以来変わらぬこの風景が、365日飽きることなく繰り替えされてきました。これは、何も夕食が終わった後のことだけではありませんでした。入浴の、そしてレクリエーションの前後等、一日に何回となく繰り返されてきた風景なのでした。
3階に食堂兼ホールがあるという構造上の理由、そしてケアの仕組みや職員の動き等の理由で、今までは「しょうがないこと」として施設内では認識されてきたことですが、「待たされること」は自分が望まないことを他人に強制されるという意味では「体を縛られること」と基本的には同じです。つまりどちらも「拘 束」そのものなのです。どちらも真剣にその解消を検討していかなくてはならない当時の最重要課題でした。
導入検討に至る経緯
「待たされること」に対する苦痛の軽減、「身体拘束ゼロ作戦」に向けた取り組み、ケアプランのより確実な実施、転倒等の事故防止に対する見守りの強化、当時のこもれびの郷は介護保険時代の入居者ニーズに対応する施設へと脱皮する為の課題が山積していました。
前出の問題すべてを完全に解決するが不可能であることはわかっていました。ですが「お待たせしないこと」→「お年寄りの側にいること」をヒントに問題解決を考えていくと、ある一つのキーワードが見えてきました。それが「ユニットケア」という手法でした。
当時のままのケアの仕組み、施設設備のままで施設運営を続けていくことは、その後何年かは出来るとは思っていました。その当時のケアの仕組みは開設以来 の職員の努力でほぼ完成しているといって良い状態でした。また施設改造をしなければコストもかかりません。ですが、近い将来の高齢者ケアの姿を考えるに、そして今以上にお年寄り対して「居心地の良さ」を提供するためには多少の先行投資をしてでも、新しい形の ケアに進んで取り組むことには大きな意義があるという結論に至ったのでした。
1.「ユニットケア」とは何か
ユニットケアの定義
- 施設をいくつかのグループに分けて小規模化する形態。
- 職員都合の流れ作業的ではなく、お年寄りの生活のリズムに合わせたケアの形態。
- 家庭的な雰囲気ということで1ユニットの構成人数は8人~15人が理想とされている。
- 北欧のスウェーデン、デンマークのグループホームがその起源といわれる。
ユニットケアの現状
- 全国各地で勉強会が行われ、グループホームとともに高齢者ケアの切り札といわれている。
- 平成14年度以降新設の特養(いわゆる新型特養)においては、個室化とともに標準化される。
- 日本ではT県の特別養護老人ホーム「S」が1994年に初めに取り組んだ。
- 多摩地域ではT市の「S」が1998年に導入。
こもれびの郷でユニットケアを取り入れるメリットはあるのか?
入居者・職員の縦移動の解消、動線の短縮により、現行のケアの仕組みの弱点がほぼ解消できる。
- 食事、入浴等の前後に入居者が縦移動の為にEV前で長時間待つことがなくなる
- 縦移動の解消でお弱い方の無駄な離床時間を短縮できる。
- 見守りの強化で身体拘束の減少が期待できる。
- 「食事後に、無人のフロアに入居者が一人で戻り転倒事故発生」という危険が減る。
- 入居者のEV、階段利用が減り、事故の危険が減少する。
- 食事摂取が遅い方、臥床したい方への対応が同時進行可能なので入居者は待たなくて済む。
- 体調不良者が3階食堂へ行く必要が無く、また居室食になっても近くで職員が対応できる。
- 排泄等の随時対応ケアや個別の援助時間設定が可能になる。
- 限られた範囲で、一定の職員が、一定の入居者へ対応していくので、対象への理解をより深め、職員と入居者との間に、より強い信頼関係を築くことができる。
- 職員の責任範囲が明確になり仕事への意欲や向上心、良い意味での競争心を育て易くなる。
以前のフロア制とどこが違うのか?
- 以前のフロア制は、職員を固定するという意味ではユニットケアと同じだが入居者の縦移動の機会(回数)は現状と同じであり職員都合での意味合いが大きかった。
- 以前のフロア制は、入居者の障害形態やADL(生活のリズム)では区分けがされておらず、そのままではユニットケアには移行できないものだった。
2.こもれびの郷がユニットケアに移行する為の具体的方策
施設内に生活パターン別に4つのユニットをつくる
場所・目的 | 理由 |
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1階…ADLの高い方のユニット | (1)自立者用の介助浴室がある。 (2)イベント時3階ホールへ自分で行ける。 (3)痴呆徘徊のある方は1階では脱園の危険がある為不適応。 |
2階東…身体障害がありながらもほぼ自立している方のユニット | (1)西側に全介助の方を配置した場合に東側も要介助の方だと作業ボリュームが大きい。 (2)入り組んだ構造の為、見守りの死角が大きい。 (3)4人部屋になじめない自立系の入居者がいる。 |
2階西…ゆったりとした生活の方のユニット | (1)食堂と居室が最も接近した場所になる為、入居者・職員の移動に関する負担が少ない。 (2)医療ケアを必要とする方が多く、医務室と同フロアは好都合。 (3)全介助者用の機械浴室がある。 |
3階…痴呆・徘徊、その他の方のユニット | (1)3階は広く、ゆとりのある対応ができる。(レク、リハ等) (2)現在は2階が痴呆・正常の混在フロアとなっており、それにより引き起こされる問題が入居者の精神的負担、職員の業務進行の妨げとなっている。 |
入居者の日常生活を可能な限りユニット内で完結させる
食 事 | 各ユニットに談話室兼食堂を設置し、居室←→食事場所への入居者移動を最小限にする。 |
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入 浴 | 機械浴使用の方を2階に移動し、居室←→入浴場所への移動を最小限にする。 |
排 泄 | オムツ交換、トイレ誘導、褥創処置等の必要な方の移動を最小限にする居室配置を行う。 |
余 暇 | これは制限せずに、むしろ移動する為の目的として積極的に行う。 |
- 入居者の動線を短くすることは、それに対応する職員の動線も短くなるということで、入居者への見守りの強化にもつながる。
- ユニット化は入居者の行動の自由を制限するものではない。基本的にどの時間でもユニットごとに職員が一人は居られるので、違うユニットに入居者が遊びに(徘徊に)行っても良い。
施設改造の具体的プラン
1 階 | 現在の面会スペースを談話室と同一スペースの談話室兼食堂とする。 リハビリ室プレハブ部分をリネン倉庫にする。 |
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2階東 | 娯楽室を医務室と合体させる。その上で医務室の南側壁を開放し談話室と同一スペース化し、談話室兼食堂とする。 |
2階西 | リネン等倉庫の壁を開放し談話室と同一スペースの談話室兼食堂とする。 リネン等倉庫は1階リハビリ室のプレハブを転用する。 |
3 階 | 食堂スペースが大幅に余るので、パーテーション等でリハビリスペースを作る。 これにより昼間の食堂無人時間の解消も期待できる。 |
- 各階とも、水道、流し、給湯設備等のキッチンスペースが必要になる。
導入スケジュール(案)
2001.12 | 施設構造、設計の検討 |
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2002.1 | 設計完了、補助金の検討開始、来年度事業計画及び予算編成 |
3 | 新職員研修開始 |
4 | 担当フロア更新、夜勤4人体制スタート 以降は半年ごとに半分の職員が担当フロアを更新していく 改修工事開始(2階東西食堂設置と1階職員食堂の開口部拡大工事) |
6 | 改修工事終了、3階と2階の2ヶ所での食事開始 リハビリ室3階へ移動、リネン庫1階旧リハ室へ移動 <第1段階>1・3階と2階の2ユニットに分離する。正職員も12人づつの構成にする。 |
10 | 担当フロア更新、3階と2階東西と1階での4ヶ所での食事開始 <第2段階>4ユニット化(各ユニット毎に6人)スタート。 |
- 改修工事に補助金が利用できない場合は、工事開始を繰り上げる。